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句読点の難しさ
正しい日本語を使おうと提言されて久しいですが、本来言語は生もので、時代や地域によって微妙に違ってきて当然だと私は思います。

だからこそ、古典文法などと、ややこしいものを学ばないと、同じ日本の文学でさえ読むことが出来ないのです。

もう一つ、厄介なものは、句読点です。

本来は、読みやすく、意味が正しく伝わるように打つのですが、平安時代の文学では、「、」があれば、すぐ後ろの文節にはかからないという法則があると教わりました。

実際は、平安時代に「、」は打っていないので、後世の人が打ったものでしょうし、文法などと科学的なものは、明治時代になってから、法則を見つけ出したものですから、本当のところは、諸説様々でいいのだと思います。

前に、新聞のコラムに、地方の選挙のポスターに、「、」で止まっているキャッチコピーがあって、その含みを持たせた言い方に惹かれたので、その人に投票したと書いてありました。

「、」の効用は、先日劇団四季が上演した、三島由紀夫の「鹿鳴館」の戯曲に、よく表れていて、台詞の「、」の一つ一つに意味があるということです。

私も、久し振りに「鹿鳴館」を読んでみましたが、どうも話の筋に興味がいってしまい、「、」の意味まで考える暇がありませんでした。

それほど、「、」に心奪われないのが、戯曲を読む側にとっては、面白い作品だと言えるのでしょう。

日本語は奥が深いとつくづく思います。
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【2007/04/24 14:31 】 | 随筆 | コメント(0) | トラックバック(0)
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